若き仕立屋の恋:仕立屋の「手」に注目した恋愛ドラマ
ウォン・カーウァイ監督の「若き仕立屋の恋」は、スティーヴン・ソダーバーグ、ミケランジェロ・アントニオーニをあわせた3監督の短編映画によるオムニバス『愛の神、エロス』の一つとして2004年に公開されました。
原題「手」、英題「The Hand」
Copyright (c) 2004 Block2Pictures Inc. All Rights Reserved.
キャスト
- ホア:コン・リー
- シャオ・チャン:チャン・チェン

The Hand – Copyright (c) 2004 Block2Pictures Inc. All Rights Reserved.

The Hand – Copyright (c) 2004 Block2Pictures Inc. All Rights Reserved.
「若き仕立屋の恋」が描く手
ウォン・カーウァイ「若き仕立屋の恋」は原題「手」が示すとおり、仕立屋の「手」に注目した恋愛ドラマです。
この作品では、1960年代の香港が舞台で、仕立屋「永生服 Tailor Co.」に勤務する20代男性・小張(チャン・チェン演)が仕立屋お抱え顧客の娼婦・華小姐(コン・リー演)のために旗袍を制作し、採寸・仕立・納品までを担当します。

The Hand – Copyright (c) 2004 Block2Pictures Inc. All Rights Reserved.
制作した旗袍を届けに行く過程で二人は徐々に男女として「縫合」していき、最終的には華小姐の患った伝染病により無惨に関係が「裁断」される経緯が描かれています。
勤務する仕立屋で店主から華小姐の旗袍を担当するよう命じられた小張は、彼女の娼館を訪れます。初対面の部屋で、華小姐は仕事面で素人くさい小張に対し、ズボンとブリーフを脱ぐことを命じます。
そして彼女は手で彼の男根をまさぐり、この手の感触を忘れるなと指導します。小張は衝撃的な初対面以来、熱心に華小姐のために旗袍を制作し、幾度となく納品に行きます。

The Hand – Copyright (c) 2004 Block2Pictures Inc. All Rights Reserved.
途中で、小張がメジャーを使って華小姐の体型を細かく採寸する場面がありました。旗袍の場合、着用女性の身体に服をフィットさせるには20~40か所の採寸が必要と言われています。裁縫師は女性の体型変化が手に取るように分かります。ある日、小張は、華小姐のウエストが細くなったことから、彼女の体調が悪くなってきたことに気づきます。

The Hand – Copyright (c) 2004 Block2Pictures Inc. All Rights Reserved.
華小姐の体調を心配しながらも、小張が作業場へ戻れば仕立てられるのを待つ材料生地と、仕立てる道具の裁断鋏・縫針・ミシンが待っています。映画では時折、裁断が丁寧に繊細にジョキジョキと、縫製は縫針で寡黙に、またミシンでガタガタと煩く、裁縫工程が描かれています。
この作品の主題は題名どおり「手」ですが、「音」との関係も大切です。小張はミシンで華小姐と繋がり、コンリーは不特定多数の顧客とベッドで繋がります。これらを媒介するのがミシンやベッドが鳴らす、ガタガタ、ギシギシという大きなリズム音です。また、雨も大きな音を立てていますが、これは娼婦に恋をしてしまったものの、特定の恋人関係に入れない若き仕立屋である小張の涙でしょう。

The Hand – Copyright (c) 2004 Block2Pictures Inc. All Rights Reserved.
ミシンのリズムはしばしば子供の心を捉まえてきました。
姉妹サイトに紹介しているミシンの思い出(学生のアンケートから)をぜひご覧ください。
布を裁断する「若き仕立屋の恋」は切断された
恋愛と同様、裁縫は縫合よりも裁断こそが職人芸です。Tailor(仕立屋)の語源はラテン語の「切る人」、つまり裁断師です。もっとも、裁縫工程は「裁断→縫合」となり、恋愛は「縫合→裁断」となる順序の違いはありますが。
裁断工程は一品物の場合は布を1枚、量産の場合は幾重にも布を重ねて行ないます。そのため、昔から裁断は男性が主に行なってきました。
しかし、この映画では、裁断は病気という外在的要因によって強制的に導入されています。したがって、男性だけでなく女性にも痛みを伴った、いわば《型紙なき裁断》でした。ですから、この作品では小張と華小姐の関係が「縫合する」よりも、最終場面で「裁断される」所に非常にインパクトがあります。

The Hand – Copyright (c) 2004 Block2Pictures Inc. All Rights Reserved.
伝染病を患い死を前にした華小姐に小張は初めて男女の性的関係を結ぼうとします。しかし、華小姐は小張に病気を移さないために頑なに唇を許さず、局部の交渉も断りながら、互いの下半身を手でまさぐり合うことで愛を成就させようとします。愛の始まりから終わりまで、華小姐と小張の各々の手が媒介となっていたわけです。

The Hand – Copyright (c) 2004 Block2Pictures Inc. All Rights Reserved.
最後に、本作品の旗袍では、縁取り(パイピング)は、非常に細いものと、生地と同じ色にしたものに大別され、目立たないのが特徴です。また、売春の顧客が大勢いた頃の華小姐は刺繍の華美な旗袍を着ていましたが、病気の進行とともに顧客が減っていくにつれ、紺色系統で生地柄も地味な旗袍が増えて行きました。彼女の着る旗袍の変遷が彼女の容態をはっきりと示していました。
スタッフ
- Art Director: Alfred Yau Wai Ming(邱偉明)
- Assistant Art Directors: Lui Fung Shan, Chau Sai Hung
- Makeup Artist: Kwan Lee Na
- Hair Stylists: Wong Bo Chuen, Bower Ng Yuk Ho
- Wardrobe: Luk Ha Fong
- THANKS: Hong Kong Film Service Office, Lands Department, Macau Government Tourist Office, Kwun Kee Tailor, Chen Mi Ji, Shun Tak Holodings Limited, A/T, Anteprima, Agnes B., Cartier
コメント