ラウ・イーチョン(劉以鬯)氏のご冥福を祈ります

ラウ・イーチョン(劉以鬯)関連コラム
この記事は約5分で読めます。
スポンサーリンク

私が大学院入学以来、ずっと目標にしてきた作家、ラウ・イーチョンが昨晩、99歳で亡くなりました。昨年は服飾史の大丸弘先生も亡くなり、目標が全て消えました。

劉以鬯は香港の小説家。特に短編を軸に、 ウォン・カーウァイ監督映画の「花様年華」「2046」の原作にもなるなど、中華圏や東南アジアで人気を誇りました。

其著作包括《酒徒》、《對倒》,導演王家衛亦曾參考此兩部作品,拍出《花樣年華》、《2046》。【劉以鬯逝世】臨終家人在側 享年99歲 王家衛參考著作拍《花樣年華》

《酒徒》が《2046》の原作、《對倒》が《花樣年華》の原作です。

劉以鬯的《酒徒》獲譽為中國第一部意識流小說,這書與《對倒》一起啟發了導演王家衛執導的電影《2046》、《花樣年華》。王家衛不單在《花樣年華》片末「特別鳴謝劉以鬯」,也在《對倒》的寫真集前言說,他對劉以鬯的認識就是從《對倒》這本小說開始。作家劉以鬯逝世 享年99歲 (08:35) – 20180609 – 港聞 – 即時新聞 – 明報新聞網

ウォン・カーウァイ『花様年華』には「特別鳴謝劉以鬯」のクレジットがあると記されています。次のとおりです。

ウォン・カーウァイ(王家衛)『花様年華』のクレジット。特別鳴謝 ラウ・イーチョン 劉以鬯 先生。

ウォン・カーウァイ(王家衛)『花様年華』のクレジット。特別鳴謝 ラウ・イーチョン 劉以鬯 先生。 (c) 2000 by Block2Pictures Inc.

ウォン・カーウァイ(王家衛)『花様年華』のクレジット。特別鳴謝 ラウ・イーチョン 劉以鬯 先生。

ウォン・カーウァイ(王家衛)『花様年華』のクレジット。特別鳴謝 ラウ・イーチョン 劉以鬯 先生。 (c) 2000 by Block2Pictures Inc.

彼は手書きで1日2万字を書ける速度の作家。私は大学院時代の2008年の夏、パソコンを使って白紙のワードで彼を超えるべく、18時間挑戦したことがありました。でも、書けたのは1万4千字。あれから10年、いまだ、彼を超えることは出来ていません。

今年、3冊目の研究書とともに 、ちょうど1本目の小説を書こうとしていたところ。今年の夏、もう一度、24時間以内に2万字を書く挑戦をしてみるか…。

合掌。

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=lQb0l3Vr0eo]

経歴

ラウ・イーチョン(劉以鬯)

ラウ・イーチョン(劉以鬯)

ラウ・イーチョンは短編を得意とする香港の作家です。1日2万字の文章が書けることで知られます。月刊誌『香港文学』の編集長、香港作家連合会の会長、香港文学研究会の会長などを歴任しました。

主な作品に『酒徒』『寺內』『一九九七』『對倒』『天堂與地獄』等40本ほどある。評論活動では『端木蕻良論』『看樹看林』『短綆集』等。

ラウ・イーチョンは本名を劉同繹といい、1918年12月7日に上海で生まれました。1941年にニューヨークのセント・ジョンズ大学を卒業後、日中戦争下に重慶の首都でジャーナリズムへの道を決意。香港へ1948年に移住しました。1991年に退職したのち、雑誌編集などで活動。上海生まれの香港育ちという点はウォン・カーウァイと同じです。

1952年に香港からシンガポールへ渡り、5年後の1957年に香港へ戻りました。香港→シンガポール→香港という移動経路は「花様年華」「2046」の主人公チャウ・モウワン(周慕雲)と同じ。なお、組籍(※)は浙江省の鎮海。組籍は「老家」ともいい先祖の発祥地をさします(現在の中国人はあまり使わない)。

「對倒」と「花様年華」

ウォン・カーウァイ 王家衛 花様年華 ラウ・イーチョン 劉以鬯 Liu Yichang 對倒

ウォン・カーウァイ(王家衛)監督『花様年華』の原作、ラウ・イーチョンの『對倒』。

「花様年華」の原作となった『對倒』は、はじめ長編小説として1972年に香港の新聞「星島晩報・星晩版」に連載されました。叙事的な要素をさらに強調させようと書き改めたのが短編小説の『對倒』です。こちらは1975年に雑誌「四季」で連載がスタート。初老の男性と20歳前後の少女に関する徹底して叙事的な短編小説です。

登場人物はただの二人。一人は過去の事を忘れられない老人で、もう一人は未来のある20歳ほどの女子です。この作品では全く関係のない二人が同じ街で、老人の方は過去を回想しながら遊歩をし、女性の方もショッピング街などを買い物することなく歩き回りながら、内心世界の吐露を行なっています。

「對倒」と「花様年華」では登場人物の年齢差がありますが、互いに関係のない二人が出会った作品として共通しています。「花様年華」は「對倒」の後日談のように私には思えます。

ウォン・カーウァイは『花様年華』を製作するにあたり、ラウ・イーチョンに電話などで当時の香港の雰囲気やインテリアについて尋ねまくったそうです。

「花様年華」上映の後日談。クレジットに自分の名前が記されたことで上映後に有名になり、香港だけでなく、シンガポールやマレーシアなどの東南アジア圏、フランスやドイツなどのヨーロッパ圏でもファンを量産しました。

中国大陸ではさほど人気を得なかったようですが、それはラウ・イーチョンの短編小説が西洋風の「断片」的なスタイルをとり、金庸が絶大に人気を誇る大陸文化にとは少し趣が違うからだと思います。

ラウ・イーチョン : 追悼記事(外部リンク)

コメント

タイトルとURLをコピーしました
footer-insert.php