欲望の翼:後半でテンポと磁場が変動
「欲望の翼」は鳥に見立てられた男の半生記を描いた映画です。
ウォン・カーウァイの監督2作目で、1990年に香港で封切られました。原題は「阿飛正傳」、英題は「Days of Being Wild」。
2018年2月にBunkamuraル・シネマほかにてデジタルリマスター版が公開されました。
「欲望の翼」は興行成績が悪かったので、当初予定されていた続編は作られませんでした。
原題「阿飛正傳」、英題「Days of Being Wild」
Copyright (c) 1990 East Asia Films Distribution Limited and eSun.com Limited. All Rights Reserved.
キャスト
- ヨディ(旭仔・阿飛) : レスリー・チャン(張國榮)
- タイド(超仔) : アンディ・ラウ(劉徳華)
- スー・リーチェン(蘇麗珍) : マギー・チャン(張曼玉)
- ミミ(咪咪) : カリーナ・ラウ(劉嘉玲)
- (無名) : ジャッキー・チャン(張学友)
- (特別出演) : レベッカ・パン(潘迪華)
- (ノンクレジット) : トニー・レオン(梁朝偉)
スタッフ
- 監督:ウォン・カーウァイ
- 脚本:ウォン・カーウァイ
- 撮影:クリストファー・ドイル
- 美術:ウィリアム・チャン
- 録音:チャン・ワイフン
- 編集:パトリック・タム、カイ・キットウァイ

ウォン・カーウァイ監督「欲望の翼」香港、1990年。 (c) 1990 East Asia Films Distribution Limited and eSun.com Limited. All Rights Reserved.
みどころ
ウォン・カーウァイの監督2作目となる「欲望の翼」は鳥に見立てられた男の半生記です。
人生の不安や都会生活の退廃感を打開すべく、自分勝手な主人公ヨディと彼を憎みきれない友達4人がエネルギッシュに動き回ります。前半と後半でテンポと磁場が大きく変わる地殻変動が心地よく、キャストたちの表情や言動がとても活き活きしています。
前作「いますぐ抱きしめたい」に描かれた都市的な暴力とは違って、肉体的な暴力はもちろん精神的な暴力もタカが外れたように羽ばたいていています。あたかも一義的な意味から自由になっているかのようです。しかし、後半では自由とは不自由のことだとわかります…。

ウォン・カーウァイ監督「欲望の翼」香港、1990年。 (c) 1990 East Asia Films Distribution Limited and eSun.com Limited. All Rights Reserved.
阿飛
原題「阿飛正傳」の「阿飛」は中国語でチンピラ、あるいは社会的に属するものがない破落戸(ゴロツキ)の意味。
「阿飛」と呼ばれる主人公ヨディの半生は文字どおり半生しか描かれていません。辛うじて青年期までの状況が示されるのは、義母が彼に出生と幼少期の秘密について語る箇所だけ。
ヨディはフィリピンの実母の家を訪ねるものの接触を拒否されます。他方で、ヨディはサッカー場の売店で働くスー・リーチェン(蘇麗珍)とダンサーをしているミミという二人の女と勝手気ままに付き合い、彼女たちからの愛を拒否し続けました。
その結果、スーに憧れる警察官タイドや、ヨディの幼馴染みでミミに惚れているジャッキーもヨディに翻弄されます。

ウォン・カーウァイ監督「欲望の翼」香港、1990年。 (c) 1990 East Asia Films Distribution Limited and eSun.com Limited. All Rights Reserved.
短い時間と長い時間の交差
邦題と英題が示すとおり「欲望の翼」は鳥の翼のようにバタバタと人の欲望が舞っている様子が、とても野性的に描かれた作品です。飛行中に鳥がぶつかり合わないのと同じで、それぞれの欲望は交差することなく常にすれ違い続けていきます。
映画の冒頭を思いだします。
東南アジアのジャングルが映し出された後、定職に就かずブラブラしている男ヨディ(レスリー・チャン)が、サッカー場の売店で働くスー・リーチェン(マギー・チャン)という女にナンパするところ。ここから映画は始まります。
ヨディがスーを口説くセリフは「1分だけ一緒に時計を見つめよう」といったもので、男は時間の共有を女に強制しました。そうして幾日か過ぎた日に、スーはヨディに身体を預けます。時間を共有しようと誘うヨディの口説き方は、繰り返し映し出される時計の映像とともに、段階的な物語が展開されるのではないかと思わせるかのようです。このような期待感が「欲望の翼」のもつマジックです。
しかし実際は、ヨディが、スーとダンサーのミミ(カリーナ・ラウ)を二股にかけていて、恋の進行すらままならない状態が続きます。
そして、スーに惹かれるタイド(アンディ・ラウ)や、ミミを気に入っているヨディの幼なじみ(ジャッキー・チャン)は、ヨディの無鉄砲さに憧れる一方で好きな女に行動を取ることができないでいます。
繰り返し映し出される時計の他に、作品の中心となるヨディを阿飛というニックネームで「脚のない鳥」とみたてた暗示も粘っこいです。
「飛(飞)」とは飛んだり舞ったりする意味だけでなく、ずば抜けているとか意外であるといった意味ももっていて、ヨディと作品展開の両方を示唆していると思いました。つまり、ヨディの行動だけでなく、場面展開も意外性があって面白いのです。
後半で磁場が変わる
ところが、後半でヨディを取り巻く地場が一気に崩れます。
ヨディが実母をフィリピンへ訪ね、時を同じくして、それまでミミに告白できずにいたヨディの幼馴染みは彼女に告白しました。タイドは警察官を辞め、かねてからの願いだった船乗りへ転職しました。
そしてミミはヨディを追ってフィリピンへ。
気づけば、スー・リーチェンだけがサッカー場の売店で働き続けています。
ヨディはフィリピンでもチンピラ的な生活を続けます。「母」という存在が大きく影響を与えていることが分かります。そして、自由気ままだったヨディは、実は「母」の記憶・存在によって大きく制限を加えられた「不自由な鳥」として描き直されています。

ウォン・カーウァイ監督「欲望の翼」香港、1990年。 (c) 1990 East Asia Films Distribution Limited and eSun.com Limited. All Rights Reserved.
まとめ
「強さ」と「弱さ」は見る角度が違うだけで実は同じものだということを、この作品はヨディに体現させています。
関連リンク
- ウォン・カーウァイ監督の『欲望の翼』公開時の貴重なインタビュー到着:“人間が生きていくことの最大の報酬は思い出を持てるということだー”
- 映画『欲望の翼』オフィシャルサイト:閃光のごとき衝撃と陶酔──ウォン・カーウァイ監督初期の傑作が13年ぶりにスクリーンに甦る。『恋する惑星』、『ブエノスアイレス』などで知られるウォン・カーウァイ監督が、第2作目にして各国の映画祭でセンセーションを巻き起こし、世界的な注目を浴びるきっかけとなった原点ともいえる作品。
コメント