恋する惑星:錯綜した距離感を楽しむ方法

恋する惑星 重慶森林 Chungking Express作品紹介
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恋する惑星:錯綜した距離感を楽しむ方法

「恋する惑星」狭く雑然とした重慶マンションとその周辺を舞台に5人がみせる束の間で切ない恋を描いたウォン・カーウァイ監督の映画です。

欲望の翼」を完成させたウォン・カーウァイが4年の沈黙を経て香港で公開した「恋する惑星」は流動性と遠近感を楽しめる映画で、前作ほどの過激なストーリーを避けています。

たった4ヶ月ほどの間に撮影されたロード・ムービー。それが世界的にヒットしました。

ウォン・カーウァイ監督『恋する惑星』香港、1994年
原題「重慶森林」、英題「Chungking Express」
Copyright (c) 1994 Block2Pictures Inc. All Right Reserved.
恋する惑星 重慶森林 Chungking Express

恋する惑星 重慶森林 Chungking Express (c) 1999 Block2Pictures Inc.

キャスト

スタッフ

みどころ

本作のみどころは、だいたい次の4点にまとめられます。

  • 麻薬運び屋、二人の警官、ウェイトレスとスチュワーデス。一つの大きな物語という図式を廃しています。4人の男女を組み合わせて短編ストーリー2つを少し混ぜています。
  • 軽やかに展開させた「違和感」が抜群。さまざまな笑いや切なさをワンシーンの威力に込めた新しいスタイルを楽しめます。
  • フェイ・ウォンのファンとしても存分に堪能できる作品です。彼女のけなげで天真爛漫な演技が今でも絶大な人気を呼んでいます(他方でバリバリのストーカーという説もあり)。
  • 作品を駆け抜ける有名な2曲、ママス&パパスの「夢のカリフォルニア」とフェイ・ウォンの「夢中人」は私たちの「夢」と「夢中」とを交錯させてくれます。

距離感を感じさせる撮影方法:ちぐはぐな距離感

「恋する惑星」を支配しているモードは距離感です。象徴的な写し方を紹介します。

次の画像は後半のトニー・レオンフェイ・ウォンです。見つめ合うように見えながら、横がズレています。

恋する惑星 : この写し方が面白いです。

この写し方が面白いです。 (c) 1999 Block2Pictures Inc.

この映画で新しいファンをつかんだ

手持ちのカメラや既成の光源だけによるライティングという簡潔な撮影方法に頼り、リズミカルな速度と映像的なリアリティを遺憾なく発揮した「恋する惑星」は、ウォン・カーウァイ監督作品のなかでも人気が高く、この映画からファンになった人も多いです。

ウォン・カーウァイの意図は?

「いくつかの短編小説を集めたもの」と制作意図を語る王家衛は『欲望の翼』のラストで唐突に登場した梁朝偉を「恋する惑星」の主役に据えました。

この作品の暫定的なストーリー

この映画は2つのストーリーから成り立っています。前半にも後半にも謎めいた雰囲気が漂っています。

  • 前半は、ブリジット・リンが演じるドラッグ密売の元締めと、金城武の演じる若い刑事との奇妙な一夜の出会いと別れ。
  • 後半は金城武の扮する刑事がよく立ち寄っていたファースト・フード店の売り子のフェイ(フェイ・ウォン)と警官(トニー・レオン)とのドラマです。

お互い別のストーリーとよく言われますが、一瞬だけ、ブリジット・リンとフェイ・ウォンが同じ場面に登場します。ぜひ探してみて下さい。

王菲(フェイ・ウォン)と林青霞(ブリジット・リン)の擦れ違い。

王菲(フェイ・ウォン)と林青霞(ブリジット・リン)の擦れ違い。 (c) 1999 Block2Pictures Inc.

この映画の楽しみ方:前半

前半では、林青霞は名前もなく、金髪の髪と黒のサングラスをつけたままです。彼女は麻薬の密売を手伝わせた連中に持ち逃げされ、愛人である白人男性にも裏切られ、過激な暴力の場に駆り立てられます。

ブリジット・リンのサングラス

次の画像は前半のブリジット・リンです。

ブリジット・リンは映画でサングラスを外しませんでした。

ブリジット・リンは映画でサングラスを外しませんでした。 (c) 1999 Block2Pictures Inc.

彼女は映画でサングラスを外しませんでした。相方となる金城武は彼女にまとわりついて色んな言語で話しかけます。二人の距離は縮まるのでしょうか…。

ブリジット・リンによると、2018年9月まで夫であった実業家が家に日本人のビジネス・パートナーと合ったときにブリジットも同席したことがあります。その時、日本人は「あの映画でサングラスをかけた女性はあなただったんですか!」と驚愕されたとのこと。多くの人が気づかないでしょう。

ブリジット・リンは映画の登場から終わりまでサングラスとレインコートとかつらを使っています。

このファッションを「自己防衛」の究極とみなす説もあります。ウォン監督映画は見栄えがよいため、自己防衛をしたキャラクターは自分の心底に隠した感情をうっかり露呈させてしまうことがあります。ですから、自己防衛になっていない場面もしばしば、この作品にも見られます。

Wangの映画は見栄えがよく、 自己防衛のキャラクターは私の心の底に隠された感情をうっかり思 わせることがよくあります。

黙るブリジット・リン

麻薬密造に関わる一連の場面で、ブリジット・リンの内面的な描写は徹底して避けられています。

先に掲げたサングラスの場面を思い出して下さい。

金城武とホテルに宿泊した一夜も、彼が彼女のハイヒールを磨く傍らでひたすら眠りつづけています。翌朝、二人は既に見知らぬ者どおしとなって街へ消えていきました。

金城武が磨き続けたブリジット・リンのハイ・ヒール・シューズ。

金城武が磨き続けたブリジット・リンのハイ・ヒール・シューズ。 (c) 1999 Block2Pictures Inc.

密造場面ではいろんなミシンが登場しました。この状況を詳しくまとめています。こちらも併せてご覧ください。

この映画の楽しみ方:後半

後半の謎はさらに大きいです。「恋する惑星」を支配している距離感というモードが多数の人々に発生します。見方によってはストーカーによる掃除日記ともみれまずが、フェイがストーカーかどうかを考えると、この映画の楽しみは見えません。

トニー・レオンが招いたフェイ・ウォンの暴走

トニー・レオンの演じる警官が、恋人のスチュワーデス(周嘉玲)に振られる場面からこのドラマは始まります。

やがてファースト・フード店の売り子フェイ(フェイ・ウォン)と知り合いますが、彼を好きになったフェイは無断で彼のマンションに出入りします。彼女は恋する梁朝偉の家で彼の不在中にひたすら掃除をするのです。

フェイが掃除をする場面ごとに、警官とスチュワーデスとの恋愛まつわるストーリーがコミカルに縫い込まれています。フェイはスチュワーデスが好きだったCDを自分のお気に入りのものにすり替えるなど、大胆で面白おかしい悪戯を続けます。

スチュワーデス愛から抜けられなかったトニー・レオンに最後のプレゼント

そして、なんとドラマの最後でフェイはスチュワーデス姿で(前半のブリジット・リンのサングラスをかけながら)登場します。そのとき、意中の警官は、いつの間にかファースト・フード店閉店後のカラオケ店長となっています。

トニー・レオンとフェイ・ウォンのちぐはぐな距離感。

トニー・レオンとフェイ・ウォンのちぐはぐな距離感。 (c) 1999 Block2Pictures Inc.

梁朝偉と王菲。二人のちぐはぐさが楽しいこのように「恋する惑星」では役柄の整合性によって観客にストーリーや場面を理解させるという当然の前提が無視されています。

まとめ

王家衛は、かつて「俳優が私の映画を全く理解していないことを望んでいる」と語ったことがあります。「恋する惑星」はその方法が貫かれた作品です。

当然、舞台が香港という固有名詞を備えている必要もなく、原題が示すとおり、重慶マンションと森林という二つのジャングルがこの映画の醍醐味になっています。

ジャングルでは、二人の男女が向かい合っても、その遠近に違いが生じてちぐはぐになってしまう。「恋する惑星」はその遠近感の違いを充分に堪能させてくれる名作です。

雑記

サウンドトラック

恋する惑星 サウンドトラック ポリドール 1995年

「恋する惑星」サウンドトラック、ポリドール、1995年

「恋する惑星」のサウンドトラックが発売されています。

夢のカリフォルニア

私はたまに授業中にトイレに行ってしまいますが、その時トイレ休憩時の英語勉強音楽としてこれを流していきます。その一つに選曲しているのがママス&パパスの「夢のカリフォルニア」で、これがサントラに入っていないのが少し残念です。

夢中人

とはいえ1曲目はフェイ・ウォンの「夢中人」。聞き始めると突然テンションが上がります。

フェイウォンの「夢中人」はアイルランド出身のロックバンド、ザ・クランベリーズの「ドリームズ」(Dreams)という曲をカバーしたものです。

この曲をフェイ・ウォンは2種類カバーしています。「恋する惑星」で流れた「夢中人」で、これは広東語バージョンです。もう一つは中国標準語バージョンで「掙脱」と名づけられています。後者の方が少しおっとりとしたメロディになってます。

衣装スタッフ

  • 美術総監(Production Designer):ウィリアム・チャン(張叔平/William Chang Suk Ping)
  • 美術指導(Art Director):アルフレッド・ヤウ(邱偉明/Alfred Yau Wai Ming)

前作までの作品に対する「恋する惑星」の位置

よく知られているように、ウォン・カーウァイの映画「恋する惑星」は「楽園の瑕」の編集中に作られました。彼なりの「重い」映画スタイルは、それまでのウォン監督の2作品「いますぐ抱きしめたい」「欲望の翼」とは大きく異なります。

映画評

2002年12月に英国映画協会(British Film Institute ,BFI)の「映画評論家の選ぶ25年間の古典作品トップテン」 で8位に選ばれました。

ロジャー・イーバート

アメリカの有名な映画評論家ロジャー・イーバート(Roger Ebert)は、「恋する惑星」がとてもセクシーで「止められない」作品だと言っています。この映画はジャン=リュック・ゴダール監督とジョン・カサヴェテス監督を混ぜたようなものです。

クエンティン・タランティーノ

この映画はクエンティン・タランティーノ監督にも称賛されました。タランティーノは次のように感想を述べています。

僕はこの映画を愛している。僕は自分が泣いているのに気づいた。(中略)こんなにも僕がこの映画を愛しているってことが嬉しすぎて、泣いたんだ。(ブレノンアッシュ ベストコレクション6「恋する惑星 ウォン・カーウァイ監督」14頁)

家明「《重慶森林》的場域遊移與數字戀愛」は次のように作品の運命を伝えます。

「恋する惑星」は公開された1994年夏にはそれほど売れませんでしたが、翌1995年に「香港映画賞」を受賞してから流れが変わり世界中で有名になりました。(香港電影評論學會編「王家衛的映畫世界」増訂版、三聯書店(香港)有限公司、2004年、115頁)

「カット」誌

金城武とブリジット・リントニー・レオンフェイ・ウォンという2組のカップルを軸に構成される新しい感覚の恋物語。カメラ・ワーク、美しい色使い、印象的な音楽と、どこをとっても文句なしの作品。これでウォン・カーウァイ・ワールドにはまる人も多いのでは。(, no. 43, 1995, Sept, p.71)

パンフレットから

映画「恋する惑星」のパンフレット。2019年3月17日到着。

映画「恋する惑星」のパンフレット

映画「恋する惑星」のパンフレット。2019年3月17日到着。

ウォン・カーウァイ

『恋する惑星』は一種のロード・ムービー何です(11頁)

金城武

なんか「この映画だ!」っていう感じがした(16頁)

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