「Cut」2004年11月号の映画「2046」特集

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「Cut」2004年11月号の映画「2046」特集

このページでは「Cut」2004年11月号の映画「2046」特集を紹介しています。30頁から45頁まで16頁にわたり写真と文章が収められています。

同誌の映画「2046」部分は雑誌書店Fujisanで次のように紹介されています。

『2046』、遂に。
世界が待ち焦がれたウォン・カーウァイ監督の最新作『2046』が、遂にヴェールを脱ぐ! クランク・インから5年、撮影中断などのアクシデントをはらみつつ、常に人々の期待と憶測、不安と興奮の熱視線を集め続けた本作。その全貌を、トニー・レオン、木村拓哉、フェイ・ウォンら豪華キャストのスペシャル・フォトと共に、徹底レポート! 鬼才カーウァイの頭脳に構想が浮かんだ、その当時の逸話から、本年カンヌ映画祭における狂騒、そしてカーウァイ&キャストたちの肉声まで――『2046』、そのすべて。

https://www.fujisan.co.jp/product/387/b/36281/

王家の肖像によるこの映画の紹介はこちらをご覧ください。

特集リード文

「Cut」2004年11月号では次のような切り口で映画を紹介しています。かなり大げさに謎めいた雰囲気を醸し出そうとする文章で、もっと絞り込んだ紹介文であってほしかったです。

その”存在”がひとびとの口端にのぼるようになってから、もうどれだけ年月が経っただろうか?あの鬼才ウォン・カーウァイが、美術ウィリアム・チャン、撮影クリストファー・ドイルといった「ウォン・カーウァイ・ワールド」の手練たちを厚め、近未来の香港を舞台にした謎めいたラブ・ストーリーに著手したという話が囁かれてからは。

そこには、アジアを代表する俳優たち、トニー・レオンコン・リーマギー・チャンといった明星たちに加え、あのフェイ・ウォンが再び招かれ、さらには、チャン・ツーイーやドン・ジエといった「チャン・イーモウの審美眼」を経た女優たちもキャスティングされたと言われ、そしてなにより日本からは、木村拓哉の参戦も公言されていたのだ。その作品のタイトルは「2046」。

映画の海に胸騒ぎの波紋を立てながら、深くその姿を沈めてきたその”噂”が、遂に、遂にそのベールを脱ぐ。

2046。果たして、それは未来を指し示す記号なのか?それとも、重い悲劇が閉じ込められた場所を知らせるルーム・ナンバーなのか?

あるいは、わたしたちを誰も観たことのない映画体験へと誘う、ミステリー・トレインの行き先のことなのか?

アジアの、いや、映画の磁場を揺さぶらんとするこの作品に、わたしたちはもはや、後戻りなど許されないまま、なすすべもなく、引き寄せられていく。

出典 「cut」ロッキング・オン、2004年11月号、31頁

写真の略説

この入口以下では、しばらく写真が続きます。

30頁・31頁には、同誌表紙と同じ写真が使われ、トニー・レオンフェイ・ウォン、木村拓哉の構図です。この写真はウィン・シャが撮影したものです。32頁には煙草をくわえたトニー・レオンの写真、33頁には後からトニー・レオンがフェイ・ウォンにしがみついている写真、いずれも撮影はウィン・シャ。

34頁にはうっすらと笑いかけるドン・ジエの写真、35頁には右にカリーナ・ラウ、左にチャン・チェンのツーショット、36頁には肩の開いた真っ赤なドレスを着たチャン・ツーイーの写真、37頁には左にフェイ・ウォン、右にチャン・チェンのツーショット。これらの写真はサムスンが撮影して、雑誌「VOGUE」台湾版に使われたものを転載しています。

38頁・39頁にはこの映画のスチール写真が6点、いずれもよく使われるものがあげられています。

トピック・レポート

40頁・41頁にはトピック・レポートとして平井伊都子が文章を書いています。小見出しは次のとおり。

  • 「2046」ワールド・プレミア
  • 香港返還から50年後の世界
  • 突然の撮影中止、突然の撮影再開
  • アジアンSFラブ・ストーリー
  • WKW流撮影風景
  • 音楽と映像のマジック
  • 「2046」ファイナル・カット?

小見出しから、このレポートも大げさです。読んでいて恥ずかしくなるのですが、どうしてプレミア上映を経てこのエッセイになるのか不思議です。「突然の撮影中止、突然の撮影再開」なんて、中止になったら再開は無いよとしか言いようがありません…。

2つのエッセイ

42頁・43頁には最速レビューとして2つのエッセイが載せられています。一つは宮嵜広司「それはいつも架空の場所の話だった」、二つは柴崎里絵子「永遠の無常と、一瞬の永遠を往来するウォン・カーウァイの世界」。

宮嵜のコラムは2046の意味に引きづられすぎて、映画を捉えていません。映画では架空だけでなく1960年代香港という過去も時間を割いて扱っています。柴崎の捉え方の方が少し踏み込んでいるようです。時間、未来、記憶について簡単に書いています。

トニー・レオン論

44頁・45頁はトニー・レオン論を森祐美子が書いています。トニー・レオンを介してウォン・カーウァイの他作品をも結び付けようとしています。どれがどの続編だどうのこうのと、過去インタビューのやや自慢げな話とが交錯して、つまんない。

まとめ

ネタバレを避けるためにプレミア映画の感想って、こんな程度で終わってしまうんでしょう。今となっては噂やネットで聞いたような話ばかりが述べられています。もうちょっと場面に固執してポイントを選んでほしいなぁと思いました。

ウォン・カーウァイやクエンティン・タランティーノの映画を論じるときって、評者にキレがないのが玉に瑕…。

「cut」ロッキング・オン、2004年11月号

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この記事を書いた人
王

時代遅れが酷いもので、2003年に「恋する惑星」をみて衝撃を受けました。それ以来すっかり、ウォン・カーウァイのファンになりました。

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